賃貸部木下です。
ご無沙汰しておりました。
余り明るい話ではありませんが、先月に大正8年生まれの母が自宅で
眠るように97歳の人生の幕を閉じました。
いつも側にいて、何気ない会話・存在など気にした事が全くありませんでした。
言いたい事を言って側にいるのが当たり前の事でした。今思うと言葉の一つ一つ、仕草(身の熟し)
が私の先生でした、それが一日で全てが変わってしまいました。母を通して生きると言う事・
生き抜くという事等を学びました。生意気な事を言う様ですが、現在親子様が居らっしゃる方は、
ふと立ち止まって、違う角度から親をそっとみてください。
話は変わりますが、死の数日前夜中に大きな声でおかあさんと叫びました。
私は100歳近い母が親を呼ぶなんて思いもよりませんでした。
人間やはりいくつになっても母親が恋しいものなのかと改めて思いびっくりしました。
皆様いつか行く道それまでゆっくり、周りを見渡しながら生きたいですね?
つまらない小言を書かせ頂き有難うございました。
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